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2013年3月16日土曜日

【Book】ほめ日記・自分新発見


美容院の予約が朝9時からしか入れられず
「休みなのになんでこんなに
 早起きをしなきゃいけないんだ」
と今朝、自分を責めながら起きたずむです。

早起きって言っても7時半くらいなので
みんなには普通かもですが。

あんだけ昨日アプリの紹介したけど
「パーマもカラーもしない」 という
髪のダメージを最小限に抑えたい時だったので
髪の毛は傷んだ所を切って
ちょっと整えるくらいで終わりました。
でも5センチくらい切ったのでかなり軽くなった♪

で、朝10時には美容院が終わったもんだから
意外にも次の用事まで時間が空きまして
友達と約束していたイオンへ一足先に行きました。

そして暇つぶしといったらヴィレヴァン
ふらふらといろんな本を見ていたらこんな本が。

『ほめ日記・自分新発見』

ぱらぱらって見ただけなんだけど
いわゆる自己啓発本です。

ポップに
用はナルシストは成功するってこと
って書かれてたけど
まぁ本の内容はその通りな感じです。

いろんな自己啓発本とかによく
「自分をほめてあげましょう」
とかって書いてあるけど
自分をほめられない人が多いみたいね。

それでこの本では
「ほめ日記をつけましょう」
ということをおすすめしています。

しかもね、
以下のような具体的な言葉を使って
自分をほめなきゃいけないらしいです。

それでこの本の後半は
実際にこの「ほめ日記」を使ったことによって
人間関係がよくなった方たちの話が載せられているんだけど
こんな風に日記を書きましたっていう例文も載っていて

「今日の空は青く澄んでいて○○のようだと感じた。
 すばらしい感性だね。素敵!」

とか

「今日は○○をした。やればやれるじゃない!かっこいいね!」

とか

確かに本に書いてある通りなんだけど
なんか見てて、こっちが恥ずかしくなる感じでした。
==

でもなんかこれを見て
世の中の人はほめられることに飢えているのかな
って思いました。

そりゃぁ誰だってほめられれば嬉しいし
それだけでやる気が出て来たりするもんです。

でも本質はそこではないんじゃないかとも思いました。

実は私はあんまり親にほめられた記憶がありません。
親にいうと「そうだっけ?」って感じだけど、

例えば中学や高校で
私がテストですっごい良い点を取っても
クラスで1番になったとしても
「ふーん。良かったね」
みたいな感じで終わります。

それで私は
「これ平均点58点だよ?
 それで97点だよ?
 すごくない?」
とか
「1番だよ?分かってる?」
みたいに言ってた気がします。

そうすると必ず超わざとらしく
「すごいね〜。さすがだね〜。」
とほめられたような記憶があります。

お父さんにいたっては
「まぁ俺の子だからな」
みたいになってたような記憶。

唯一ほめられた記憶は
(いや、きっともっとあるんだろうけど)
テストで100点を取った時でした。
その時は
「100点はすごい。
 どんなに簡単なテストでも100点は
 ちょっとしたミスで取れないこともあるからな」
なんていう訳の分からない理由を言ってました。

でもほめない代わりに
悪い点を取って私が少し落ち込んでいたとしても
「ふーん。しょうがないじゃない」
「そういう時もあるさ」
って感じでした。

でも大人になって分かりました。
親にとって私が勉強ができようができまいが
運動ができようができまいが関係なかったんだと思います。

別に何ができるから私を愛してるとかじゃなく
何もできなくても愛してくれていたんだと思います。
だからと言ってほめないことを推奨しているわけではなく
「ほめる」「ほめない」じゃなくて
「ほめる」ことを通しても
「ほめない」ことを通しても
愛が伝わったらそれでいいんじゃないかなと思いました。

今の世の中、
勉強ができる子どもを溺愛したり
運動のできる子を溺愛したり
「できる子を愛す」みたいな
「条件付きの愛」っていうのがとっても多いんじゃないかなって思います。

それで親からほめられずに育った子たちは
「自分はだめなやつなんだ」
ってなっていくし、

ほめられて育ったらほめられて育ったで
ほめられなくなった時に
「自分、最近だめだ。」
みたいになっちゃうんじゃないかと。

だからそういう意味では
この「ほめ日記」が推奨しているやり方は
「ありのままの自分で
今日自分がやったことの中から何かをほめてあげる」
っていう方法だから
それって言い換えると
「そのままでもあなたは十分素敵なんだよ」
「そのままでも愛されているんだよ」
っていうことに繫がるのかなって思いました。

「何かできなきゃ愛されない」じゃなくて
「何もできなくても愛されている」という風に
思える人生っていうのが幸せな人生なんじゃないかなと思いました。

==
でも人間的には「ほめて欲しい」と思うのは当然のことで、
だから私は自分で自分を結構ほめてます。

最近、同僚にも突っ込まれました。
「自分のことよくほめてるよね」って。
バレてるし!!

「でも、基本、仕事のことだけだよね」って。
そう言われるとそうかも。

「今日こんなに大変なことがあって、すごい忙しくて、でもこれを一時間でやって、その後にこれをやって、これを二時間で終わらせたんだよ。すごくない?」
とかって言ってます。

みんな「すごいすごい」って普通に心こもってない感じで言ってるだけなんだけど
それでも満足している私。

親にほめられなさすぎて
鍛えられたのかな。
親も相変わらず私が何を言っても
「さすがだね〜。すごいね〜。」
ってわざとらしく言うだけですが
それでいいんです。

==
で、私はそれでいいんだけど、
私が人をほめる時もかなりわざとらしくなっちゃうので
みんなに「ほめ方がわざとらしい」ってよく言われます。

それによって傷ついたりしちゃう人もいるだろうから
これではいかんな〜って思ってます。
今度はほめ方の技術を学べる本を読もうかな。

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