Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

2013年3月10日日曜日

明日で3.11から二年



2011.3.11から明日で二年。
被災された方はどうやって過ごすのだろうって思う。

写真は先週、名取市の仮設住宅からの帰りに撮った写真。

週に一回くらいは通るから
この風景を見ても何も思わなくなっている自分。

もうすぐ二年だなぁと思って
あらためて見渡すと何もない平地。




解体作業した後は土台までなくなるから
どこにどうやって家があったのかは全然分からない。
昔からすべてが畑だったかのように見える。
でも遠くに家が建っているということは
周辺に他の家もたくさんあったんだと思う。

個人宅は2年以内限定で「取り壊し作業」を市が
無料でやってくれるので
取り壊すことを決めた人たちの家はもうほとんどない。

一番上の写真はたぶん会社の持ち物で
自己負担で取り壊さなきゃいけないから
まだ取り壊していないと思われる。

個人宅でもまだ残っている家があるけど、
それはまだリフォームする可能性があるから
という可能性が高い。

でも家族の中でも
「リフォームして戻りたい」
という旦那と
「あんな海が見える所に絶対に戻りたくない」
という妻の意見の相違があったりしたり、

家族の意見が割れている話を
本当によく聞く。

十人に聞いたら十人違う悩みがある。

走っても走っても平地が続く。




↑車の右。海側。

車の左。街側。

この街側の先の方に震災後に何度も行った農家さんの家がある。

その農家さんに行ってた時には
海からの距離があんまりよく分かってなかったけど
こうやって見ると
「海からこんなに離れてたの!?」
って思う。

そのお宅・畑・田んぼには泥が入り込み、
ビニールハウスもすべて壊れ、 
農機具もすべて流され、
畑に車まで流れこんで来ていた。
家もリフォームしないと住めない状況。

床下の泥だしのお手伝いはしたりしたけど
知り合いの大工さんは忙しくて
リフォーム作業もまだ始まってもいない。


ただ漠然と
「この日本だったら二年経ったら
 すべてが元通りになるんじゃないか」
くらいに思ってた気がする。

確かに仙台駅とか街中は
震災なんてなかったんじゃなかったと思えるほど。

でも自分の家に帰れない人たちが
すごいたくさんいる。

誰かに説明をする時に
「あの仮設住宅は小さいんで30世帯くらいです」
って言っちゃうけど、

「30世帯」ということは
30軒も家が流されたということ。

「30世帯」の中には
一人で暮らしている人、
夫婦で暮らしている人、
子ども三人と暮らしている人もいる。

そういう事を考えると
小さいと私が言っていた30世帯の仮設住宅で
少なくとも50人以上の人たちがいる。
50人以上の人たちが帰る家がない。

120世帯の仮設なんていったら
200人以上の人。
200人以上の人が帰る家がない。

知ってる二つの仮設住宅だけで250人。

私が行った事のある仮設住宅だけでも
全員合わせたら1000人にはなると思う。
しかもそれは東北のほんの一部。

そんなにも多くの人たちが
二年経ったのに帰る家がない。

「復興」って時間がかかるんだな。
二年じゃ何もできないんだな。
日本も普通の国なんだな。
人間は無力なんだな。

しみじみ思う。


明日で二年。

明日は石巻で「共に祈る会」ってのがあって
私は被災された方たちの子どもさんたちと遊ぶ
ボランティアに行ってきます。

震災から二年、
子どもたちは何を思うのだろうか。

2013年の3.11は
子どもたちにとって楽しい思い出となりますように。


0 件のコメント:

コメントを投稿